東京都が行うべき教育領域でのAI利活用(v0.5)
背景
日本の首都である東京は、国際都市として最上級の教育水準を維持・向上させ、未来を担う人材育成のハブとなることが必要とされています。この目標を達成し、急速なデジタル化の進展に対応するため、AI技術を活用した教育改革が急務となっています。しかし、教師の負担増大、教育格差の拡大、そしてAIリテラシーの普及の遅れなど、課題が山積しています。特に、AI教育に対する準備不足や、教員のスキルギャップが大きな障害となり、教育領域での効果的なAI活用を進めるためには、支援体制の整備と学習環境の改善が不可欠です。 本提言の作成にあたり、AIチャット、掲示板、X、YouTube等を通じて有識者の意見を収集し、文部科学省の「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン」も参照しながら、教育格差の是正の必要性や、AI活用の有効性、導入にあたってのハードル、プライバシーと監視のバランス、AI導入の優先順位などの論点を検討しました。既に海外ではAIの教育現場に対する影響の研究があり、大きなポテンシャルがあることがわかっています。
提案要旨
本提言は、AIを活用して東京の教育水準を大きく向上させるとともに、教員の負担軽減も同時に実現し、持続可能かつ他の自治体も参考にできる教育モデルを創出することを目的とします。 その達成に向け、既製品の大規模言語モデル(LLM)を迅速かつ低コストで導入することから始め、その運用を通じて得られる現場の知見やフィードバックに基づき、教育効果を最大化するために必要な領域で段階的に独自チューニングや開発を進めるハイブリッド戦略を採用します。 具体的には、まず東京都の児童生徒にChatGPT等のLLMを配布しパーソナルチューターとして活用します。さらに、AIリテラシー科目を小学校高学年から高校まで段階的に導入し、生徒にAIの基礎知識と活用スキル、倫理的課題への理解を促進します。これにより、生徒はAIを適切に活用できる能力を身につけ、批判的思考や問題解決能力を養います。また、教育現場でのAI活用を成功させるためには、まず教員自身がAIを利活用して校務を効率化し、かつ生徒に適切な使い方を指導できるスキルを身につけることが最優先課題です。そのため、教師向けにAI授業アシスタントを導入し、授業準備や教材作成、フィードバック業務を効率化します。これにより、教師は生徒と向き合う時間が増え、個別指導に注力できるようになります。また、AIツールは教師の指導力向上にも寄与します。以上の施策を、ICT環境整備や専門人材の確保、そして授業時数削減などの負担軽減策と一体で推進することが必要となります。
施策案
施策1:東京都の児童生徒にChatGPT等の汎用的なLLMを配布しパーソナルチューターとして活用
施策の詳細
ChatGPT等の汎用的なLLM(大規模言語モデル)を全児童生徒に配布し、対話を通じた学習支援を行います。OpenAIやAnthropicと東京都として交渉して、教育現場においてどれだけ成果が挙げられたかを大規模にテストさせることをバーターに安くライセンスを仕入れることを目指します。配布されたAIは、授業時間内外での自律学習や質疑応答、課題解決のサポートツールとして活用します。AIを児童生徒が学習に活用することで、リアルタイムで誤答に対するヒント提示、質問例の提案、対話的なコミュニケーションの練習などが可能となる他、個別最適化学習に対応し、教員の補助的な役割も果たします(学習の進捗管理や個別の励まし、精神的なサポートなど、人間的な関わりが不可欠な部分は、引き続き教師が中心的な役割を担います)。一部LLMの規約で利用が制限されている13歳未満の小学生に対しては、保護者の同意と監督の下で機能制限付き(キッズモード等)での利用を可能とするなど、段階的なリスク管理を前提とした制度設計を行います。本施策の実施にあたっては、施策2で提案するAIリテラシー教育と連携し、安全かつ効果的な活用を促進します。
メリット
- 東京都がAIを与えることで、親が子どもにAIを与えるかどうかの格差を是正できる
- ナイジェリアのエド州でのAIチューター導入例: ナイジェリアでは、無料のAIチューターを導入することで、貧困層の生徒も高価な家庭教師に頼らず学習支援を受けることができ、教育格差を是正する効果が確認されています。特に、AIの活用によって裕福な家庭の生徒と同様の学力向上を実現したことが報告されています。
- 習熟度や理解度に応じた学習支援が可能となり、学力の底上げが期待される
- スタンフォード大学の「Tutor CoPilot」実験: AIツール「Tutor CoPilot」の導入により、特に指導スキルが低いチューターでも、生徒の習熟度が大幅に向上した事例があります。特にAIがリアルタイムでヒントや質問例を提供することで、生徒の課題達成率が向上しました。
- 多様な学習ニーズ(発達障害、不登校、得意不得意など)を持つ生徒への個別最適化された学習サポートを提供できる
- 教員が全生徒に個別対応する負担を軽減できる
- イギリスの「Aila」プロジェクト: イギリスでは、教師向けのAIアシスタント「Aila」を開発し、授業準備や教材作成をサポートすることで、教師の負担軽減を図りました。AIによって教師が指導計画を効率的に作成できるようになり、生徒一人ひとりにより多くの時間を割けるようになりました。
- 生徒の自己学習力や質問力が高まる
- ナイジェリアのAIチューター活用事例: ナイジェリアでは、生徒がAIと対話的に学習することで、自己学習力とAIリテラシーが向上した事例があります。AIによるフィードバックを通じて、生徒は自らの進捗に合わせて学習を進め、質問力が高まると共に学力も向上しました。
- AI活用の成功体験を通じて、AIリテラシーの自然な習得にもつながる
- シンガポールの「Adaptive Learning System」: シンガポールでは、AIを活用した「Adaptive Learning System」を導入し、数学や英語の個別学習を進めています。これにより、生徒はAIと協力して学習を進める過程で、自然にAIリテラシーを習得できるようになっています。
課題とその解決策
- 生徒の過度なAI依存による思考力の低下
- 将来的には、「答えは教えないが詰まっている箇所の考え方は教える」というKhanmigo的なAIに移行していく
- 予算・ライセンス取得に関する課題
- 教育現場においてどれだけ成果が挙げられたかを大規模にテストさせることをバーターに安くライセンスを仕入れることを目指す
- プライバシー保護(学習履歴や誤答履歴など個人情報の取り扱い)と年齢に応じたリスク管理
- 個人情報を活用しない方針でレギュレーションを定める。特に13歳未満の利用に関しては、保護者の明確な同意プロセス、教育機関による監督体制、不適切なコンテンツへのアクセス制限など、厳格な安全措置とプライバシー保護策を講じる。
- 教育委員会のルール整備の遅れや保護者の不安が導入の障壁となる可能性
- 完璧なルール整備を待つのではなく、パイロット校での試行導入と並行して、ガイドラインの見直しや改善を継続的に行う。同時に、保護者向けの説明会や情報提供を積極的に行い、懸念や疑問に丁寧に答え、合意形成を図るプロセスを重視する。
- 教師がAI出力の妥当性を判断・補完する必要がある
- 教師向けにAI出力の評価ガイドラインやフィードバックツールを提供し、AI出力の内容に対するチェックリストを作成する。また、教師研修を通じて、AI出力の正確性や信頼性の判断能力を向上させる。
- 利用格差の拡大とプライバシー保護の両立: AIチューターの利用頻度や活用度によって、生徒間の格差が拡大する懸念がある。また、格差是正のため状況を把握する際には、生徒のプライバシーへの配慮が不可欠となる。
- 格差是正のための仕組みと合意形成プロセスの導入: 学校やクラス単位でAIチューターの利用状況等を(個人を特定しない範囲で)把握し、格差拡大の兆候が見られた場合にAIチューター自身が利用を促すなど、格差是正を支援する仕組み(例:「AIチューターマスター(仮称)」のような調整機能)を検討する。プライバシー保護と現場負担に配慮し、東京都共通のガイドライン(データ収集範囲や働きかけのルール等)を策定する。詳細はガイドラインに基づき、各学校で関係者(教員、生徒、保護者)が対話し、格差の定義、データの扱い、働きかけの方法等について合意形成を行うプロセスを設ける。
挙げられた意見
生徒が誤答した際にヒントや質問例をリアルタイムで提案されるべきです。ハードルになる点は、システム設計と構築や、システムの利用を可能にする制度の準備です。少なくとも、一斉授業だけではなく、自由に操作できる時間が必要です。また、UDL 上は必ずしも最適化されていない方法でのやり取りが行われる可能性があります。大前提としてWebAIM が提唱するアクセスビリティは提供される必要があります。音声による指示とテキスト入力による指示が行えます。(@akinori)
AIへのアクセスを配るにあたって「子供とAIの1対1の密室コミュニケーション」ではなく、教室に副担任やTAのような形で配備することが考えられる。(@nishio)
「作文指導における文章表現・リテラシーへのAI支援」は、実施されるべきです。個別、即時の応答や提案が対話型AIによって行われるため、迅速できめ細かに支援が行われます。(@akinori)
施策2:AIに関する授業を行いAIリテラシーの底上げ
施策の詳細
小学校高学年から高校までのカリキュラムに、AIに関する基礎知識や活用スキル、倫理的課題への理解を育む「AIリテラシー科目」を段階的に導入します。この科目は授業時間内に、情報科や技術家庭科などの既存科目と連携しながら実施し、AIとの適切な関わり方、プロンプト設計、批判的思考などを習得させます。 さらに、AIの出力には誤り(ハルシネーション)や偏り(バイアス)が含まれる可能性を理解させ、その情報の妥当性を生徒自身が批判的に吟味・検証するための教材や学習活動も提供します。これは、AIの限界を踏まえた上で活用する力を養うことを目指します。
メリット
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生成AI時代に必須のスキルを若いうちから習得できる
- アメリカのスタンフォード大学での実験では、AIアシスタント「Tutor CoPilot」が導入され、学生の学力向上が確認されました。特に、AIがチューターをサポートすることで、低スキルの教師でも生徒の学力を大きく向上させる効果があり、AIによる学力向上が期待されます。
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親や家庭の状況にかかわらず、全ての児童生徒に平等な学習機会を提供
- ナイジェリアのエド州での生成AIプログラムでは、家庭の経済状況にかかわらず、全ての生徒に対話型英語練習を提供し、特に低所得層の生徒の学力向上が顕著でした。AIを活用することで、貧困層でも学力向上のチャンスが広がります。
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批判的思考を育て、AIを適切に活用できる素養を形成
- シンガポールの教育省では、AIに基づく適応学習システムを導入し、生徒の解答傾向に応じて問題を出題することによって、批判的思考や問題解決能力を高めることができると報告されています。これにより、生徒はAIを活用しながらも自ら思考する力を養うことができます。
課題・リスク
- 教員のAIリテラシーや指導スキルが不足する可能性
- 教員向けに定期的なAI教育・研修プログラムを提供し、AIの基本知識と実践的な指導方法を習得できるようにする。特に、AI活用に意欲のある教員を重点的に支援・育成し、その知見を全体に広げることで、効果的な活用を促進します。また、外部のAI専門家と連携し、教員に対するサポート体制を強化する。
- 既存の学習指導要領との整合性の確保
- 新しいAIリテラシー科目を導入する際に、既存の教育カリキュラムと調整し、AI教育が他科目と効果的に連携できるようにカリキュラムの柔軟性を確保する。AIに関する内容を既存の情報科や技術家庭科の内容と統合していく。
- 教育現場の負担増加と授業の質を保つための調整
- AIリテラシー教育を段階的に導入し、最初は一部の学校で試験的に実施し、その結果をもとに効果的な教材や指導方法を開発する。オンライン学習ツールを活用して教師の負担を軽減し、授業の質を保つ。
挙げられた意見
AIを全く使ったことがないという生徒がいないように、AIに触れる+AIリテラシーについて学ぶ時間はあった方がよい。(@westcoaster)
小学校では触れる機会の担保、家庭の監督のもと補助に使う。中学校では活用の実践まで含み、自己責任で補助に使う感じで。(@yamaokakitaro)
教育改革は大きな抵抗にあいそうなので、大きな改革というよりも情報リテラシー的な科目の拡充という感じ。(@yamaokakitaro)
施策3:東京都の先生の補助をできるAIを公共調達
施策の詳細
文部科学省 初等中等教育局「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン」で指摘されている通り、教育は、教師と児童生徒との人格的な触れ合いを通じて行われるものであり、適切な指導計画や学習環境の設定、丁寧な見取りと支援といった、学びの専門職としての教師の役割は、生成 AI が社会インフラの一部となる時代において、より重要なものになる。この点を踏まえ、東京都は、教員の多様な業務負担を軽減するため、AIツールの開発を支援し、公募を通じて優れたサービスを調達します。具体的には、経済産業省の実証事業(※)で効果が指摘されている事務作業の効率化(例:人事・給与関連業務、学校運営関連業務、学籍・成績管理業務、保護者向け文書作成支援など)と、カリキュラムに準拠した教材案やレッスンプランの提示、作文や課題のフィードバック補助、採点業務の効率化などをサポートする機能の両方を備えたAIツールを提供します。公立校向けに、東京都教育委員会が指定する環境下で導入・実証を行い、効果的な活用法を検証します。 (※)
メリット
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教師の授業準備時間が大幅に短縮され、生徒と向き合う時間を確保
- イギリスのAilaプロジェクトでは、教師の授業計画作成を支援するAIツール「Aila」が導入され、教師の授業準備時間を大幅に削減しました。このAIツールは、カリキュラムに基づいた教材案やレッスンプランの提案を行い、教師がより効率的に授業準備を進められるようサポートしています。これにより、教師は生徒と向き合う時間を増やし、個別の指導やフィードバックに注力できるようになっています。
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教材の多様性と質を向上させ、教育の質が向上
- シンガポールのAdaptive Learning Systemでは、生徒の回答パターンを分析し、理解度に応じた出題内容や難易度を調整するAIシステムが導入されました。このシステムは、生徒一人ひとりに最適な学習内容を提供することで、教材の質と多様性を向上させ、学力向上を促進しています。さらに、教師が生徒の個別の学習進捗に基づいた指導を行うことが可能となり、教育の質全体を向上させています。
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若手教師の指導力不足を補完し、指導力の向上
- アメリカのスタンフォード大学のTutor CoPilot実験では、AIアシスタントがチューターの指導を支援し、特に指導力が低いチューターによる指導でも生徒の習熟度が大きく向上しました。この結果、指導スキルが未熟な若手教師がAIを補助的に活用することで、効果的な指導が実現し、教師自身の指導力向上にも寄与しました。
課題・リスク
- AIに依存しすぎることで教師の創意工夫が減退する懸念
- AIツールを補助的に使用し、教師自身の創意工夫を活かす設計を行います。AIはあくまで効率化のツールとして使用し、教師の主体的な役割を尊重することを推奨します。
- AIが生成する教材の質のばらつき
- 導入前にパイロットテストを実施し、AIツールの品質基準を設定します。定期的に教師からのフィードバックを収集し、ツールの調整を行います。
- システムの導入・定着に時間がかかる可能性・学校・教員間での活用格差が生じる可能性
- 段階的にツールを導入し、教師向けのトレーニングプログラムの実施と、ガイドライン策定により、活用レベルの均質化を図ります。東京都レベルでAI導入に伴う業務デザインとシステム実装を主導する専門部隊を設置します。この部隊には、教育委員会からの出向者を受け入れるなど、既存組織との人事交流を通じて緊密な連携体制を構築し、現場のニーズを踏まえた導入と定着を図ります。**加えて、教員免許を有しICT全般を柔軟にサポートできる専門人材を各学校に配置し、適切な待遇を保障します。希望する教員が利用できる高性能な校務用端末(まずは各校数台から)などのインフラ整備も進めます。さらに、管理職の評価項目にAI利用促進を位置づけるなど、学校全体での活用を促す仕組みも検討します。
挙げられた意見
業務効率化(教員の補助)という点ではITもAIもどんどん使うべき。(@yamaokakitaro)
施策4:学習特化型AIアプリケーションの導入と活用支援
施策の詳細
国内外で開発されている、特定の教科や学習目的(例:数学、英会話、プログラミング、作文支援等)に特化した優れたAIアプリケーション(例:coconote、Gizmo等)を東京都が調査・選定し、学校現場への導入を支援します。特に、学習進捗に応じたレベルアップ、ポイント獲得、キャラクター育成など、生徒の知的好奇心と競争心を健全に刺激する高度なゲーミフィケーション要素を持つアプリを重視します。ただし、スウェーデン等でデジタル化の方針が見直されているように、デジタルツールの導入には慎重な検討が必要です。AIアプリケーションは、思考力や記憶の定着に効果があるとされる紙の教科書やノートでの学習を補完するものと位置づけ、デジタルとアナログのバランスの取れた活用を重視します。有効性の高いアプリについては、ライセンスの一括購入なども検討し、全校での活用を目指します。導入にあたっては、教員向けの研修やサポートも提供します。
メリット
- 特定分野の学習効率を大幅に向上させる
- 生徒の学習意欲や関心を引き出す
- 教員の専門性を補完し、多様な学習ニーズに対応
課題・リスクと解決策
- アプリ選定の難しさ: 教育効果や安全性を評価する専門家チームを設置し、明確な基準で選定します。
- 導入コストと公平性: ライセンスの一括購入や必要に応じたデバイス支援で対応します。
- 教員の負担増: 十分な研修とサポート体制、段階的な導入で軽減します。
- 学校・教員間での活用格差が生じる可能性: 研修やサポート体制の強化、明確なガイドライン策定により、活用レベルの均質化を図る。 (施策3と同様の懸念)
補足情報
検討の進め方
- AIチャット、X、youtubeにて幅広く意見を収集
- Discourseを用いて作成した掲示板にて有識者が議論を実施
- githubにて提言を作成し、pullrequestを用いて参加者が提言の修正を提案することで提言をブラッシュアップ
- mkdocsで最新版の提言を表示
参考URL
- 有識者による議論を行った掲示板:https://large-scale-conversation-sandbox.discourse.group/t/topic/78
- AIチャット、掲示板、X、youtubeから収集した意見の取りまとめ:https://delib.takahiroanno.com/projects/67bdc9031e9569d8678260be/overall
- 経済産業省「未来の教室」実証事業(令和5年度)成果報告書: https://www.learning-innovation.go.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/75dfa0ecdf244e3d97ab616a13dff3fb.pdf?250413
- 文部科学省 初等中等教育局「初等中等教育段階における 生成 AI の利活用に関するガイドライン」: https://www.mext.go.jp/content/20241226-mxt_shuukyo02-000030823_001.pdf